2026年8月: 型で守ったLLMをトレースで見る ― Pydantic AIとLogfireによる可視化(kadowaki)¶
門脇(@satoru_kadowaki)です。 2026年8月の「Python Monthly Topics」は、LLMエージェントの内部で起きていることをトレースとして可視化する方法について紹介します。
本記事は、2026年2月:PythonでLLMアプリ開発を型安全に扱う ― Pydantic AI入門の続編にあたります。
2月の記事では、Pydantic AIを使ってLLMの出力を型安全に扱う方法を紹介しました。
Pydantic AIでは、output_typeにPydanticモデルを渡すと、LLMが返したJSONがそのモデルへパースされ、型と制約が満たされているか検証されます。
検証に失敗した場合はLLMの出力(回答)が自動的に再生成され、呼び出し側は検証済みの結果だけを受け取ることができます。
しかし、この「自動的に再生成」は、便利である一方で、内部の出来事を隠してしまいます。
一度でうまく通ったのか、何度か作り直した末に通ったのか
再生成で作り直したのなら、どのフィールドが、どんな理由で弾かれたのか
いずれも戻り値には残っておらず、理由も不明なまま再生成のトークンと待ち時間コストが積み重なっていきます。
このようなことから、本記事では「型による検証を通った結果を得るまでに、LLMエージェントの内部では何が起きていたのか」ということにフォーカスして、Pydantic AIを深掘りしていきます。 可視化には、Pydantic社が提供する可観測性プラットフォームLogfireを使用します。
なお、本記事は2月の記事内容を前提として進めます。 Pydantic AIの導入や基本的な使い方は改めて解説しないため、未読の方は先に目を通していただくとスムーズです。
型安全に成功しても、内部処理は見えない¶
まず、何が見えていないのかを整理します。
Pydantic AIのAgent.run()が返すのは、検証を通ったオブジェクトです。
これは便利ですが、検証の過程が結果に残らないため、次のようなことが分からなくなります。
モデルを何回呼び出したのか
どのフィールドが、どんな理由で検証に失敗したのか
失敗したとき、モデルには何が返されたのか
再生成の分だけ増えたトークンとレイテンシはどれくらいか
おそらく小さなスクリプトなら気にならないようなことかもしれません。 しかし本番で動かすとなると話が変わります。 レスポンスが遅い日があっても原因を特定できず、請求額が想定と合わない理由も説明できません。 「動いてはいる」が「何が起きているか分からない」状態となります。
ログを仕込めばよさそうにも思えますが、リトライはPydantic AIの内部で完結するため、アプリケーション側のログには現れません。 必要なのは、1回の実行を記録する仕組み、つまり「トレース」です。
これらを確認していくために、本記事では次の2つのツールを使います。 題材は2月の記事と同じく「Python Monthly Topicsの記事一覧を構造化して取得する」エージェントを例に見ていきます。
Pydantic AI V2 — 2026年6月に正式リリースされたバージョンを使います(2月の記事のコードはV1系です)。
Logfire — Pydantic AIの計測結果を受け取り、ブラウザ上で確認できます。
準備¶
本記事のサンプルコードはGitHubリポジトリに置いてあります。 以下のように、uvで環境を作ります。
$ git clone https://github.com/kadowaki/llm-observability.git
$ cd llm-observability
$ uv sync
LLMの呼び出しにはOpenAI APIを使うので、APIキーを環境変数に設定します。 [1]
$ export OPENAI_API_KEY='sk-...'
動作を確認したバージョンは以下のとおりです。
バージョンについては、uv.lockに固定しているため、uv syncすると同じ組み合わせが再現されます。
Python 3.14.6
pydantic 2.13.4
pydantic-ai 2.22.0
logfire 4.39.0
Pydantic AI V2でエージェントを更新する¶
2月の記事では、Pydantic AIはV1系でした。 その後2026年6月にV2.0が正式リリースされたため、ここでは2月の記事で紹介したコードサンプルを、再利用&現在のAPIに合わせて更新します。 題材は前述のとおり「Python Monthly Topicsの記事一覧を構造化して取得する」エージェントです。
V1からV2での変更点¶
まず、リトライの指定方法が拡張されています。
INSTRUCTIONS = "与えられたHTMLから記事の一覧情報を抽出してください。"
# 2月の記事(V1系)
agent = Agent(
"openai:gpt-5.2",
output_type=ArticleList,
instructions=INSTRUCTIONS,
retries=3,
)
# 本記事(V2系)
agent = Agent(
"openai:gpt-5.6-luna",
output_type=ArticleList,
instructions=INSTRUCTIONS,
retries={"output": 3},
)
V1ではretries=3のように整数を渡していましたが、V2では辞書でリトライの種類ごとに指定できるようになりました。
"output"は出力の検証に失敗したときのリトライ回数で、"tools"(ツール呼び出しの失敗)とは別々に設定できるようになっています。
整数を渡す書き方も引き続き有効で、その場合は両方に同じ値が設定されます。
本記事では、出力の検証に注目するため{"output": 3}を指定します。
retriesを指定しない場合のデフォルトは1回です。
また、これはV2への変更とは関係ありませんが、モデルもopenai:gpt-5.2からopenai:gpt-5.6-lunaに変更しています。
2月の記事でも触れていますが、Pydantic AIではモデル名の文字列を差し替えるだけで切り替えられます。
その他の変更点については、ドキュメントAgents - Pydantic AIに記載があります。 また、V1 → V2 Migration Map にも変更点がまとまっていますので、目を通してみてください。
出力モデルに「要約」を追加する¶
2月の記事では、記事のタイトル・著者名・公開日・URLを抽出しました。 これらはすべて、入力のHTMLに書かれている内容をそのまま取得するフィールドです。
本記事では、ここにLLMに生成させるsummary(要約)を追加してみます。
この出力モデルと指示文(INSTRUCTIONS)は、この後のサンプルコードとして使用するexample_1.pyからexample_5.pyまで共通で使うため、src/article_common.pyにまとめてあります。
from datetime import date
from pydantic import BaseModel, Field, field_validator
class ArticleInfo(BaseModel):
"""記事のメタデータ"""
title: str = Field(min_length=1, description="記事のタイトル")
author: str = Field(min_length=1, description="著者名")
published_date: date = Field(description="公開日")
url: str = Field(description="記事のURL(相対パス)")
# 追加: 入力に存在しないため、LLMが生成する必要がある
summary: str = Field(
min_length=10, max_length=25, description="記事内容の要約"
)
@field_validator("url")
@classmethod
def validate_url_format(cls, v: str) -> str:
"""URLが`/article/`で始まる相対パスかを検証し、不正なら例外を送出する"""
if not v.startswith("/article/"):
raise ValueError(
f"URLは'/article/'で始まる相対パスである必要があります(実際の値: {v})"
)
return v
class ArticleList(BaseModel):
"""記事一覧"""
articles: list[ArticleInfo] = Field(min_length=1)
summaryだけは、他のフィールドと性質が異なり、LLMがタイトルから内容を推測して生成するフィールドになっています。
書き写すだけのフィールドはほとんど失敗しませんが、生成が必要なフィールドは制約を外しやすくなります。
上限だけでなく下限も決めておく¶
summaryにはmin_length=10とmax_length=25の両方を指定しています。
「25字以内」という上限だけで十分に思えますが、下限も書いておくことをおすすめします。
実際に、次のような挙動が起きました。 「Python 3.14新機能: InterpreterPoolExecutorで並列処理を試そう」という記事の要約です。
試行 |
LLMが返した要約 |
字数 |
検証結果 |
|---|---|---|---|
1回目 |
InterpreterPoolExecutorで並列処理を体験 |
31字 |
上限オーバー |
2回目 |
InterpreterPoolExecutorで並列処理 |
28字 |
上限オーバー |
3回目 |
並列処理を体験 |
7字 |
下限割れ |
LLMが返した結果は、最初の失敗から少しずつ削って詰めていき、それでも通らないと見るや、今度は一気に7字まで削り落としていました。 制約を満たそうとして、反対側に大きく振り切れてしまったようです。
この部分は、min_length=10を入れておいたおかげで、この行き過ぎも検証で捕らえられました。
下限がなければ、「並列処理を体験」という情報量の乏しい要約がそのまま通っていたことになります。
型で守るというのは「望ましい範囲を両側から挟む」ことでもあります。 片側だけの制約は、LLMにとって「もう片方はいくらでもよい」という指示になりかねません。
入力データの取得¶
2月の記事ではHTMLを6件分に抜粋していましたが、連載も記事数が増えてきたため、本記事では記事一覧ページから25件を取得したものを入力としてみます。
取得はsrc/fetch_source.pyで行い、テキスト化したものをdata/monthly_topics.txtに保存します。
$ uv run python src/fetch_source.py
以降のサンプルは、このファイルを読み込んで実行します。 記事一覧は今後も増えていくため、実行時期によって件数は変わります。
instructionsには、要約の指示を追加しておきます。
ここまでのコードはsrc/example_1.pyです。
INSTRUCTIONS = """\
与えられたHTMLから記事の一覧情報を抽出してください。
- タイトル、著者名、公開日、URLは、入力の表記どおりに正確に写してください
- summaryには、タイトルから読み取れる内容を25字以内の日本語で要約してください
"""
res = agent.run_sync(SAMPLE_HTML)
for article in res.output.articles:
print(f"{article.published_date} {article.author} {article.summary}")
実行すると、25件の記事が構造化されて出力されます。 検証を通ったデータだけが返るので、この後の処理は型が正しい状態で行えます。
ここまでが2月の記事からの更新版です。
ただし、結果として得られたresを見ているかぎり、モデルが何回呼ばれたのかは分かりません。
次章では、リトライが起きている様子を観察できるようにして見ていきます。
リトライが起きている様子を観察する¶
前述のコードは、25件の記事を抽出できました。
しかし前述のとおり、resにはそこに至るまでの経過が残っていません。
ここではsrc/example_2.pyを使用して見ていきます。
Pydantic AIには、実行の途中経過をたどるためのAgent.iter()が用意されています。
run_sync()が最終結果だけを返すのに対し、iter()は実行をノード単位で進めながら、その過程にアクセスできます。
async with agent.iter(SAMPLE_HTML) as run:
async for _node in run:
pass
usage = run.usage
res = run.result
print(f"モデルリクエスト数: {usage.requests}")
print(f"入力トークン: {usage.input_tokens}")
print(f"出力トークン: {usage.output_tokens}")
実行すると、次のように表示されます。
モデルリクエスト数: 4
入力トークン: 19866
出力トークン: 7449
25件を1回抽出しただけのはずが、モデルは4回呼ばれていました。 最初の出力が検証を通らず、3回作り直していたということです。
なぜrun_sync()ではなくiter()なのか¶
途中経過を見たいだけならrun_sync()の戻り値からも一部は取れます。
それでもiter()を勧めるのは、失敗したときの情報が欲しいためです。
リトライの上限を超えると、Pydantic AIはUnexpectedModelBehaviorを送出します。
このときrun_sync()は結果を返さないため、そこまでに消費したトークンも分からないまま終わります。
しかし、iter()とtry/finallyを組み合わせれば、例外が発生しても使用量を確認できます。
usage = None
try:
async with agent.iter(SAMPLE_HTML) as run:
try:
async for _node in run:
pass
finally:
# 例外が発生しても、ここまでの使用量は取得できる
usage = run.usage
res = run.result
except UnexpectedModelBehavior as e:
print(f"リトライ上限に到達: {e}")
失敗した実行こそ、原因とコストを把握しておくことは大事です。 最初からこの形で書いておくと、後から計測を追加する場合においても変更が少なく済みます。
検証エラーの中身を見る¶
実行結果からリクエスト数が分かっても、なぜ作り直したのかはまだ見えていません。 エラーでリトライした時にモデルへ返された内容は、実行の履歴に残っています。
for message in run.ctx.state.message_history:
for part in message.parts:
if type(part).__name__ != "RetryPromptPart":
continue
print(f"--- {len(part.content)}件の検証エラーを返した ---")
for err in part.content:
loc = ".".join(str(x) for x in err["loc"])
print(f" {loc}: {err['msg']}")
print(f" 実際の値: {err['input']}")
example_2.pyを実行すると、次のような出力が得られました。
--- 3件の検証エラーを返した ---
articles.4.summary: String should have at most 25 characters
実際の値: InterpreterPoolExecutorで並列処理を体験
articles.16.summary: String should have at most 25 characters
実際の値: PythonのGILとfree threadingを解説
articles.24.summary: String should have at most 25 characters
実際の値: Cloudflare WorkersでPythonアプリ構築
--- 1件の検証エラーを返した ---
articles.4.summary: String should have at most 25 characters
実際の値: InterpreterPoolExecutorで並列処理
--- 1件の検証エラーを返した ---
articles.4.summary: String should have at least 10 characters
実際の値: 並列処理を体験
モデルに返されているのは、PydanticのValidationErrorとほぼ同じ内容です。
1件ごとに次の3つが含まれています。
loc- どこで失敗したか。('articles', 4, 'summary')のようなタプルで、「articlesの5件目(インデックスは0始まり)のsummary」を意味します(出力では、読みやすさのためドット区切りに変換しています)。msg- なぜ失敗したか(String should have at most 25 characters)input- 実際に返ってきた値
3件 → 1件 → 1件と減っていき、4回目でようやく全件が通りました。
前章で触れた「反対側に振り切れる」挙動も、3回目のat least 10 charactersとして記録されています。
注目したいのはinputの値です。
1回目に弾かれた「InterpreterPoolExecutorで並列処理を体験」は31字で、25字の制約を6字超えていました。
2回目も28文字で大きく外したわけではなく、あと少しのところで弾かれていることが分かります。
なお、サンプルで示したコードについては、Pydantic AIの内部構造に依存している書き方です。 バージョンが変われば動かなくなる可能性があり、実行のたびにコード修正するのも現実的ではありません。 そこで次章では、こうした情報をトレースとして自動的に記録する方法を試してみます。
Logfireでトレースを見る¶
繰り返しになりますが、前述までの方法には以下の2つの問題がありました。
Pydantic AIの内部構造に依存していること
確認したい実行ごとにコードを書き足す必要があること
Logfireを使うと、同じ情報がトレースとして自動的に記録されます。
計測を有効にする¶
計測を始めるには、Logfireにサインアップしてプロジェクトを作り、書き込みトークンを取得、環境変数にセットする必要があります。 手順は公式ドキュメントを参照してください。 また、トークンの取得についても公式ドキュメント - Write Tokensを参照してください。
$ export LOGFIRE_TOKEN='pylf_v1_...'
コード側の変更は3行だけです(src/example_3.py)。
import logfire
# ...(Agentの定義などは example_1.py と同じ)
# この2行を追加するだけで、エージェント実行がトレースとして記録される
logfire.configure()
logfire.instrument_pydantic_ai()
# ...(以降の実行処理も同じ)
これだけで、Pydantic AIのエージェント実行がトレースとしてLogfireに送信されるようになります。
スパンツリーで全体を見る¶
実行してブラウザで開くと、次のような画面が表示されます。
1回の実行でモデルが3回呼ばれていることが分かるスパンツリー¶
agent runという親スパンの下に、chat gpt-5.6-lunaという子スパンが3つ並んでいます。
これが「1回の実行の中で、モデルが3回呼ばれた」という事実そのものです。
なお、リトライの回数は実行のたびに変わります。 前章では4回でしたが、この実行では3回でした。 LLMの出力は確定的ではないため、同じ入力でも毎回同じ結果になるとは限りません。
右側の数値にも注目してください。
各スパンの入力トークンが2.42K、4.55K、6.5Kと増えています。
リトライのたびに、それまでのやりとりが会話履歴として積み上がっていくためです。
このあたりは次章で詳しく見ていきます。
検証エラーがどう記録されているか¶
2つ目のchatスパンをクリックすると、リクエストの中身が表示されます。
2回目のリクエストのInput。検証エラーの内容がモデルに渡されている¶
Inputの欄に、前章でコードを書いて取り出したものと同じ内容が入っています。
2 validation errors:
[
{
"type": "string_too_long",
"loc": ["articles", 4, "summary"],
"msg": "String should have at most 25 characters",
"input": "InterpreterPoolExecutorで並列処理"
},
...
]
Fix the errors and try again.
Fix the errors and try again.という一文は、Pydantic AIが検証エラーに添えてモデルへ渡している指示です。
つまりリトライとは、「エラー内容を会話に追加して、もう一度同じ依頼をする」という動作でした。
このスパンのOutputを開くと、モデルが返した25件分のデータも確認でき、どの要約がどう修正されたかを、リクエストごとに追うことができます。
コードを書かずに同じ情報が得られる¶
前章ではRetryPromptPartを自分で取り出していましたが、トレースには同じ情報が記録されています。
しかも、内部構造に依存したコードを書く必要がありません。
計測を有効にしておけば、あとから「あるタイミングで遅かったリクエストは何が起きていたのか」を調べることもできます。 アプリケーション側で何も準備していなくても、記録が残っているためです。
リトライに払う代償¶
ここまでで、リトライが起きていることと、その理由が分かるようになりました。 最後に、リトライがどれくらいのコストだったのかを見ていきます。
2件の違反のために、25件すべてを作り直している¶
前述のトレースをもう一度見てみます(前章のコードで観察した実行とは別の実行です)。
1回目のリクエストで弾かれたのは、25件中2件のsummaryだけでした。
しかしPydantic AIのリトライは、出力全体を作り直す動作です。
Outputを開くと、2回目のリクエストでもarticlesが25件返っているのが確認できます。
1回目: 25件を生成 → 2件が25字オーバー
2回目: 25件を再生成 → まだ1件が超過
3回目: 25件を再生成 → 全件通過
3回で75件分の要約が生成されましたが、直したかったのは実質2件です。 残りの73件は、すでに検証を通っていたにもかかわらず作り直されています。
「エラー内容を会話に追加して、もう一度同じ依頼をする」という仕組みですので、これは当然の結果です。 モデルには「4番目と24番目だけ直して」とは伝わっておらず、依頼そのものは毎回同じなので、こうなるのも理解できます。
入力トークンと呼び出し回数¶
リトライにおけるコストの内訳を見ると、さらに明確になることがあります。 トレースの各スパンに表示されている入力トークンは、次のようになっていました。
リクエスト |
入力トークン |
|---|---|
1回目 |
2.42K |
2回目 |
4.55K |
3回目 |
6.5K |
入力は毎回同じHTMLのはずなのに、回を追うごとに増えています。 これは、リトライがそれまでのやりとりをすべて含めて送り直しているためです。
1回目 - HTMLだけ(2.42K)
2回目 - HTML+1回目の出力25件+検証エラー(4.55K)
3回目 - HTML+1回目の出力+2回目の出力+検証エラー2回分(6.5K)
会話履歴に積み上がっていくことで、リトライが1回増えるたびに、「その回に送る量」そのものが大きくなっています。 リトライ回数の異なる実行どうしを、消費した合計で比べてみます。
完了した時点 |
入力トークン累計 |
経過時間 |
|---|---|---|
1回目で通っていれば |
2.42K |
10.7秒 |
2回目で通っていれば |
6.97K |
19.4秒 |
3回目で通った(実際) |
13.46K |
28.4秒 |
呼び出しが1回から3回、つまり3倍になったとき、入力トークンは約5.6倍になっています。 これはリトライを1回増やすたびに、増える量そのものが大きくなっていくためで、「呼び出しが3回なら、コストも3倍くらい」という感覚でいると、実際にはそれ以上を支払うことになります。 「たかが2回のリトライ」と考えていると、予想外の請求額になっていて驚くというわけです。
なお、個々のスパンを開くと、トークン数だけでなく推定コストも表示されます。
Tokens & cost
Input 2417 $0.0005
Output 1978 $0.0024
Speed 185 tok/s
1回あたりでは1円にも満たない金額ですが、これが積み上がるとどうなるかは、 実行回数を掛け合わせてみると想像がつきます。
あと6字のために払っていたもの¶
ここまでを整理します。
最初に弾かれた要約は「InterpreterPoolExecutorで並列処理を体験」の31字でした。 25字の制約を、6字超えていただけです。
その6字のために起きたことは、次のとおりでした。
モデルの呼び出しが1回から3回に増えた
すでに正しかった73件分の要約が、無駄に再生成された
入力トークンが2.42Kから合計13.46Kに増えた
所要時間が10.7秒から28.4秒になった
いずれも、res.outputだけを見ていては分からなかったものです。
トレースを入れて初めて、「成功した1回の実行」の中身が見えるようになりました。
なお、ここで挙げた数値は特定の1回の実行のものです。 LLMの出力は確定的ではないため、実行のたびに変わります。 同じ入力で繰り返し実行すると、リクエスト数も消費量も次のように振れます。
同じ入力でも、リトライ回数は実行ごとに変わる¶
リトライが3回に達した実行(リクエスト4回)では、入力トークンは25.39K、所要時間は51.6秒でした。 継続的に把握したい場合は、こうしたトレースを蓄積して傾向を見ることになります。
Logfireは固有の仕組みではない¶
ここまでLogfireの画面を見てきましたが、この計測はLogfire固有の仕組みではありません。 Pydantic AIの計装はOpenTelemetry(OTel)に基づいて実装されています。
OpenTelemetryは、トレースやメトリクスを収集するための標準仕様です。 特定のベンダーに依存しない形式が定められており、多くの可観測性ツールが対応しています。
logfire.instrument_pydantic_ai()が行っているのは、OpenTelemetry形式のトレースを生成し、Logfireに送信する、という2つです。
そしてトレースの送信先は、差し替えることができます。
Logfire以外のツールで同じトレースを見る¶
たとえば、ローカルで動くotel-tuiにトレースを送ってみます。 Dockerで起動し、OTLPの受信ポートを開けておきます。
$ docker run --rm -it -p 4318:4318 ymtdzzz/otel-tui
送信先の指定は環境変数で行い、Logfireへの送信を無効にします。(src/example_4.py)
import logfire
logfire.configure(send_to_logfire=False)
logfire.instrument_pydantic_ai()
$ export OTEL_EXPORTER_OTLP_ENDPOINT='http://localhost:4318'
$ uv run python src/example_4.py
アプリケーションのコードは変えていません。 表示のされ方はツールによって異なりますが、記録されている内容は同じでターミナル上に同じスパンツリーが表示されます。
otel-tuiで表示したトレース。Logfireと同じ構造が記録されている¶
左側にinvoke_agent agentと3回のchat gpt-5.6-lunaが並び、Logfireで見たものと同じ構造になっています。
スパン名の表示が異なるのは、Logfireが独自の表示名を付けているためで、記録されている内容は同じです。
右側には、そのスパンが持つ属性が一覧表示されています。
gen_ai.で始まる属性名が並んでいることがわかります。
これはOpenTelemetryで定められたLLM向けの命名規則に沿ったもので、Pydantic AI固有のものではありません。
このように、計測する部分と、それを保存・可視化する部分は分離できます。 Logfireは前章までで見たとおり扱いやすいのですが、「Logfireを使うかどうか」と「計測するかどうか」は、独立して決められます。
計測形式を標準に寄せておく¶
LLMアプリケーションの可観測性ツールは、ここ最近で急速に増えました。 どれを使うべきかは、規模や予算、既存の監視基盤との相性によって変わります。
だからこそ計測の形式は標準に寄せておく価値があります。 OpenTelemetryで記録しておけば、後からツールを乗り換えても、計測コードを書き直さずに済みます。
なお、OpenTelemetryにおけるLLM関連の属性名は、GenAI Semantic Conventionsとして仕様策定が進んでいます。 仕様自体がOpenTelemetry - Documentationサイトから専用リポジトリに移されるなど、まだ動きのある段階です。
【コラム】 本番環境で計測するときの注意¶
本記事では公開されている記事一覧を扱ったため、トレースに何が記録されても問題ありませんでした。 しかし本番環境では、そうはいかないこともあります。
もう一度、トレース画面を思い出してください。
Inputにはモデルへ送ったプロンプトが、Outputにはモデルが返した内容が、そのまま記録されていました。
これはつまり、プロンプトに個人情報や機密情報が含まれていれば、それも記録されるということです。
これを回避するために、Pydantic AIでは、記録する内容をInstrumentationSettingsで制御できます。
以下のコードは、src/example_5.pyとしてあります。
from pydantic_ai.capabilities import Instrumentation
from pydantic_ai.models.instrumented import InstrumentationSettings
agent = Agent(
"openai:gpt-5.6-luna",
output_type=ArticleList,
instructions=INSTRUCTIONS,
retries={"output": 3},
capabilities=[
Instrumentation(
settings=InstrumentationSettings(include_content=False)
)
],
)
include_content=Falseを指定すると、メッセージの本文がトレースに含まれなくなります。
トレース画面では、InputやOutputがNot capturedと表示されます。
スパンの構造やトークン数、レイテンシは記録されるため、本記事で見てきた「何回呼ばれたか」「どれくらいかかったか」は引き続き把握できます。
include_content=Falseを指定すると、本文がNot capturedになる¶
本番環境で計測を有効にする前に、一度トレース画面を開いて、記録されている内容を確認しておくとよいでしょう。 本番環境では、何が送られているかを把握しておくことが大切です。
まとめ¶
本記事では、Pydantic AIのリトライをトレースとして可視化する方法を紹介しました。
型による検証は、LLMの出力を安全に扱うための有効な手段です。
output_typeにPydanticモデルを渡すだけで、想定した形のデータだけを受け取れます。
一方で、検証によって発生したリトライは、最終結果からは見えません。 本記事で見てきたのは、次のようなことでした。
25件を抽出する1回の実行で、モデルは3回呼ばれていた
弾かれたのは25件中2件、しかも制約を6字超えただけだった
その2件のために、すでに正しかった73件分も作り直されていた
リトライのたびに会話履歴が積み上がり、入力トークンは回数に比例せず増えていた
LLMは、制約を満たすように実行されますが、保証はしません。 Pydantic AIは検証してリトライを行いますが、そのリトライにはコストがかかります。 違反をゼロに近づけようとするより、違反は起こるものとして、起きたときの影響を小さくすることが大切です。
今回の例で言えば、25件をまとめて1回で生成していたことが、コストを大きくしていました。 記事ごとにエージェントを実行する形にすれば、1件の違反が他の結果を巻き込むことはなくなり、リトライで送り直すのも1件分だけで済みます。
もちろん、実行回数が25倍になることのオーバーヘッドはあるので、どちらが有利かは入力の大きさや違反の起きやすさによります。 その判断材料になるのが、ここまで見てきたトレースです。 何回呼ばれ、何が弾かれ、どれだけ積み上がったのかを把握して初めて、設計を変えるかどうかを決められます。 Logfireによるトレースを入れることで、こうした「実行の中身」を確認できるようになります。 そして計測がOpenTelemetryに基づいていれば、送信先は後からでも変更できます。
型で守り、トレースで見る。 この2つを組み合わせることで、LLMアプリケーションの挙動を把握できるようになります。
みなさんも是非試してみてください。